催眠街道二十四時





CDラジカセの上でなんとかケツの座りのいいポジションを取ろうともぞもぞ動いているクロ。

僕はムラに読み終わった朝刊を手渡して立ち上がった。
免許、財布、ipod、サングラス、印鑑。この程度の持ち物なのに昨日はボールペンを忘れた。
このアナウンサーが変わる前には家を出なければならない。
車を置かしてもらっている倉庫の中に入ると、収穫ケースの中にまとまり極寒に耐えている猫軍団が僕をガン見してる。
「おまえは呑気でいいよなぁ~」そんな視線に感じるのだけれど、ま、気のせいだろう。
エンジンを暖気している間に、ルームミラーを使って日焼け止めをガッツリ塗る。鼻毛が見えたが保留にしとこ。もちろん今朝も快晴。
くどいようだが、ここらの冬の日差しの鋭さはすさまじい。ビリビリと痛い。
昨晩の雪はたいしたことはなかったみたいだ。家の前には吹き溜まりが少々出来ていたものの、スピードを乗せて勢いでクリアし道道に出ると、こちらにもまた吹き溜まりがあり、僕の車では車線を無視して真ん中あたりを走ることになる。
ここからいつもの山越え。最初に出てくる上りの右コーナー。もしここをケツを流しながら綺麗に曲がれたら、あとはそのまま帰って晩酌したいぐらいだ。
サングラスなどなんの役にたっていないと思えるくらい、空のシアンと雪のホワイトがビンビンと目に刺ささる。
この途中で牛乳を取りに麓郷から戻ってきたカトキチとほぼ毎日すれ違う。
僕達は何かしら、たとえば手を上げたり、ハイビームを点けたり、そういった合図をするのだが、最近はといえば旧帝国軍式の敬礼が流行っていた。しかし案の定、もうカトキチは照れくさくなってるのか、ちょっとづつ崩しにきている。軍人なのに情けない。だから僕は半ばいやがらせで固執し今朝もピシっときめてやった。
ま、ともかく、加藤三等兵、今朝もごくろうであった!

くねくねと下りて左へ入る。そこは白いストレート。除雪で平に均された路面は砂利の夏よりもずっと快適だ。麓郷街道に出る前の逆バンクの右コーナで、調子の乗りすぎて脇に突っ込みそうになりながらも、目前には水蒸気立ちのぼる布部川。麓郷街道に出た。

それにしても、今年の暖かさのうす気味の悪さといったら、まるでクロに舐めさせた自分の手の甲の臭いを嗅ぐ俺のよう。この時期の雨なんて経験がない。それでも朝晩は確実に氷点下。翌日の道路は度々スケートリンクと化した。もし麓郷街道全体を使ってのアイススケートレースを開催なんてことになれば、結構見応えのあるものになるはずだ。なんて空想しまくりながら、富良野市内まで通い出して今日で約2週間になる。

ヒョンなことから、郵便局のバイトを始めた。仕事の主な内容はといえばこれがアムプリンの集荷なのだ。もうエゾアムプリン製造所には足を向けて寝らないので最近は全く寝ていません。とにかく長い時間じゃないし、このぐらいなら他の仕事が入っても問題ないという、今の自分には願ったり叶ったりの働き口だ。
微々たる額だが定収入を得るという意味もあるけれど、自分の中ではそれ以上に外の空気を吸えるということの方が意味がでかい。僕はずっと家に居ると本当に頭が痛くなってくるような奴だから。
で、前記のような感じで週に五日走っている。こんな綺麗なところを毎日呑気に走ってお金を貰っている人はそうは居ないだろう。

猫にも睨まれるわけだ。

考えてみると、冬のこの時間、この道を通ったことってあまりなかったんじゃないかな?
枝にごっそりと雪を蓄えた麓郷街道脇の木々達。
晴れた日も好きだが、曇りの日がいい。ありとあらゆるもののトーンが落ち着いて、まるで水墨画の中に突っ込んでいる感覚になる。まるで嘘のように美しい。

5分も走ると僕の目は何故かトローンとしてくる(たぶん、そうなってると思う)。
「あれ?俺、死んじゃったのかなぁ?」誰に頼まれてもないのに勝手にセルフ催眠状態。
上手く表現できてないけど、全てが本当に思えなく何がなんだかわからなくなる。このまま川にドッポーン!なんて突っ込んでいったらどうなるのかなぁ?なんて考えたりして。川に落ちた自分はこの感じだと讃岐うどんになるんだろう。所詮讃岐うどんも自分も似たようなものだ。今の自分にはその具体的な違いが本当にわからない。だからうどんの川下り。バウ!バウ!
今は水も冷たいし体もよく締まって一石二鳥!だったら海に出たら進路を南に。四国まで南下して故郷に上陸。どうせならお遍路さんしたいなぁ。そうだ!どうせなら…そこまでいった所で、よだれだら~ん。うどん酔わせてだうするつもり?

サバい、サバい。

はうっ!大げさに頭を降って正気に戻る。冗談抜きで催眠に入っていた。気がつくとスピードは15km付近まで落ちている。アクセルを踏み込み爆音でブラッドサースティーブッチャーズをかける。だが依然として外の嘘くささはそのままだ。
雪の重さに耐えきれなくなった枝がビーンとあちこちで粉雪を空中に放出する。
まるで僕を祝福するバージンロード。
お父さん、ワガママな私を今日まで育ててくれておおきに。
娘を嫁に出す父親の気持ちを察するかのようにキラキラと輝き踊る妖精達。
ジャリーン!と歪んだギターがそれらに完璧にシンクロすると、この音色の訳が完全にわかった。

半ば催眠が抜けきらないまま8時50分にいつものように38号線に出た。

少し走ると左手には毎朝僕が楽しみにしている光景。
毎朝、何人かのおじいちゃんおばあちゃんがキチンとトラクターで除雪と整地をして、真冬のゲートボールをしているのだ。夏は忙しくてそれどころじゃないもんね、農家さんは。
最初に見たときはほんの何人かだったはず。しかし一人、二人と人数が増え、今日の膨れ上がった一団を見て大爆笑。超ロングホールとスタート台も出現していた。童心に帰るというより童心から外れたことなんて今まで無さそう。非常に良いものを見た気分になる。

そしていつも同じぐらいの場所で、白い軽トラのおじいちゃんとすれ違うのだ。朝日が差し込むオレンジ色の車内に浮かぶおじいちゃんの顔はいつも幸せそう。全く面識がなくても僕たちは毎朝すれ違う度に会釈する。このおじいちゃんに限らず、記憶にない人に会釈されることも多いのだが、躊躇せずこちらもがんがん会釈するようになった。誰かと勘違いされてるのかもしれないけれど、なんかうれしい。

師走が近い郵便局内がどんなものかは、いちいち説明しなくても大体察しがつくと思う。僕の目の前で女の人が荷物を持ちながら、凍った地面の上で思いっきりケツからすっころんだ。「イッテーェ!!」と言ってケツをさすりながら照れ笑い。よくよく観察すると、忙しくあたふたしていてもイライラしている人がいない。そういう空気が皆無。そういえば、こっちに来てから意味なくイラついてる人を見てない。おっと、人の心配をしてる暇は無い。あわわ、あわわ、と、うる覚えの手配をして、今朝も田舎のブコウスキー(好物、みそラーメン)の出発です。


ぼっぽー!
煙を上げながら二度目の冬が本格的にはじめる。

家の中も昨年の経験から細々と改良した。薪ストーブの向きや位置。カーテンを二重にしたり、オークションでちょっと古く、この部屋によく合うサーキュレーターも仕入れた。
だが残念なことに、こんなに暖かくてはこの改良の効果がよくわからないのだけど。

朝起きて新聞を取る度に見える富良野岳。「グッドモーニング平沢」によく出てくるような景色。
朝日が当たり、まだ青いままの森の向こう側には、オレンジ色にくっきりと浮かび上がる山頂付近。
なかなか神様もいいセンスしているなと思う。だが、この本当の美しさを実際に見られる者はそう多くない。幸せだなぁと思う。
たぶんこの景色に飽きることなんてないだろう。現に飽きるどころか昨年よりも美しく見えるくらいだもの。

夏の「生活」があって、冬の「暮らし」があって、僕らの人生は深みを増す。
夏の牧草や堆肥の匂いがあって、冬には冬の匂いがあって、何か愛おしくなる。
緑が黄色になり、赤になり、茶色になり、白くなり、そしてまた緑になり、色のついた時のひもがまた結ばれる。

薪を何本か持って中に入る。

そして雪がどんどん積もれば積もるほど僕らの心は暖かく豊潤な気持ちで満たされる。
誰かの裏庭で遊んでいるような安心感に包まれる。
あんまりいろいろなことをしたくなくなる。逆にもったいない気がする。じっとすればじっとするほど何か心に溜まってきて、とろとろとしたコクがでてくる頃、コトコトといい音を出すストーブ上のカレー。

むにゃ、むにゃ。

気がつくと僕はクロを撫でながら、丸くなって寝ている体の上にヨダレを垂らしていた。クロはそれに気がついていない。
NHKラジオは6時のニュースをやっている。内容は5時の時とほぼ同じだが問題は無い。ルーティーンなニュースもここの冬にはちょうどいい。
ムラが帰って来た。少々部屋が冷えてきたので薪をくべる。
入りきらないような立派な薪も嘘のように消えて灰になる。その燃えつき崩れる前の段階で、パッと見はあまり燃えていないように見える段階があるのだが、実はその状態が一番熱い。

「俺もこう生きたいもんだぜ」
そう言ってムラを笑わせようとしたが止めた。どうせウケないから。

今年のクリスマスは急遽予定を変更し、我が家で何かそれっぽいものをやろうということになった。
カトキチとバム平、隣集落から例の太一くん夫妻が来たこともあって楽しい夜。
この懐の深いメンツの前では僕は思いっきりボールが投げられる。ワンバウンドはおろか、最早、拾ってくれなくても全然構わないよ、というスタンスでべしゃりまくり。
僕は楽しく会話のキャッチボールをしているつもりだったのだが、気がつくとみんな家に帰り、夕暮れの空き地にひとりぽっちで立っている…という感じを延々繰り返す。お酒っておもしろい!。
途中カトキチが唄う。よかったなぁ、目の前で聞くカトキチの唄は。この晩のも、凄く些細なんだけど凄くデカい、猫の鼻息のような彼らしい唄でした。

年末、買い物客で賑わうアメ横のおきまりのあの映像が好き。
北海道に戻ってからは年末は必ず実家で過ごしている。普段あまり感じないが、今も両親が健在で家族が誰一人欠けることなく、母とムラの手作りのおせちが食べられるということが幸せだと感じられる歳になった。全く意識していなかったのだが僕は厄年だったらしい。しかし今年でその後厄が終わりと知り、ここ最近の気持ちの上がり具合が裏付けられたような気がしてほくそ笑む。這うことなく年が開ける。

年明けて、通っていた小学校脇の神社にムラと初詣。
小学生の時に遊びに遊びまくった学校裏の広大なススキしか生えていないような空き地にもどんどんマンションが建ち、僕の原風景はこの世界にはなくなってしまったと感じる。この神社に訪れる人もやけに多い。ムラがおみくじを引こうと言う。

「引かなくてもいいよ、俺、大吉だから」

「何それ?」

「いや、今年は大吉に決まってるから、いちいち確かめなくていいよ」

「わけのわからないこと言ってないで引こうよ」

自分でもその理屈のデタラメさには薄々気付いていたけれど、箱に実際手を入れたときには「いちいち確かめるもの面倒くさいなぁ」という気持ちに本気でなっていた。
じゃーん!と言いながら二人同時に開けると、結果は両方見事に大吉。
ちょっと開いた口元を直して、燐と何もなかったような顔をする。

「なっ? だから言ったろ?」

当然面でしれっとそれを財布に入れた。





今週読んだ105円本
「河童のタクアンかじり歩き」妹尾河童著

※次回更新もこんなスパンで。次で40回か…。

※そのバイトはまだ続いてます。でもやっぱり冬の方が楽しかった。
※今のところ大吉っぽいことはなにもない。
※しかし正直にしないとわざわいがおこります。