ユニットバスストーリー (アナーキー アンド デストロイ編)




「無理って、どうしてですか?」

「あそこよー、冬、全部キンキンにシバレて(凍って)しまって、どうもなんないぞ。だからよ、ユニットバスにした方がいいんでないべか? そうしな。もしそうするなら、ユニットバス見つけといてやるぞ」

「えっ、ユニットバス、どっかにあるですか?」

「いやー、まだ決まってないけどな、一応の目星はあるんだ」

「じゃー、そうしようかな」

「そうしろ、そうしろ!そっちの方が絶対にいいから。冬、暖かいから。見つかったら連絡するからよ。とりあえず壁、壊しておけはいいしょ」

次の日から、僕とムラは壁を壊す作業にかかった。
まだ、どうなるのか検討もつかないが、この場所に作るしか方法はない。
そのためには、とりあえず、壊す。ぶっ壊す。
残ったのは、予想以上に状態の悪い基礎と柱1本のみ。

あとから考えると、もしこれを業者に頼んでも、断わられるか、完全に壊して最初からつくることを提案されただろう。ここは水平じゃなくちゃダメとか、基礎はこれぐらい必要とか、そういうプロ的なノウハウはすべて無視しなければ完成はしなかったろう。

壁の取り壊された元納屋は、あとはユニットバス搬入を待つばかりとなったのだが、その後しばらくその状態で放置されることになる。
しかし、前回に書いたように、さしてその状況を気にするわけでもなかった。
逆に、大家さんがその状況をかなり心配してくれていたみたい。

「お風呂、入ってる? いつでも入りに来なさいよ」

モタモタしていて、逆に気をつかわせてしまってる。
納屋の後ろに植えたキャベツの青虫をひとつひとつ摘みながら、横目にうっすらと見える壊してしまった納屋のことを、僕は少し心配しはじめていた。
(ちなみに、そのキャベツは結局全滅。来年は植えない予定。キャベツを有機で育てるのは大変過ぎた)

「もう1週間待って、連絡がこなかったら自分達でユニットバス探そう」

そんなことをムラと話していたタイミングで、それは僕たちの前に突然現れた。
シュールだったな。漫画みたいだったな。

ある日の午後、僕とムラがいつものように外で作業していると、ユニットバスがいきなりこちらに走ってきた。大家さんの軽トラにかなり適当な感じで載せられて…。

「ムラ、あれ、ユニットバスじゃない? 絶対そうだよ。ユニットバス様のお通りだよ!」

妙にその絵面がかわいくて、僕らは大笑いした。

「これ、どーしたんですか?」

「いやー俺の知り合いで、こういうの集めてるやついてよ。なんぼたっても風呂できないから、おせっかいかと思ったんだけど、今日、たまたまその家に用事があったから、積んできたんだ」

「ちょっと計ってみな。もしかして、高さ入らんかもしれないぞ」

さっそく計ってみると、高さも幅もギリギリ入ることが判った。このギリギリ具合があまりに奇跡的にギリギリさなので、僕は逆にその完成を確信した。最初からこうなるようになってたんだ! そういうことってない? ムラ、風呂、できるぞ! 大家さん、助かりました!

それからが実は本番だったのです。

エクストラ・ラージサイズの素人工作。際限なくわき出る無理難題。予備知識ゼロ。己のつたない浅知恵の皮膜をザラついたクロちゃん(飼い猫)の舌で穴を開けてもらう。
それでもどんづまったときには、すべてを破壊。出たばかりの人参の芽をむしって食らう。
鶴太郎のマッチのモノマネをマネしてみる。まっちでーす。
畑の中でポゴダンス。奇声。収監。脱獄。サーチ アンド デストロイ。
コロッケの森進一のモノマネをマネしてみる。おふくろさんよ。
サルになったつもりで座禅。人間になったつもりのサル。はたしてサルならどうするのか?人間はどこまで自由になれるのか? いや、自由は手に入るものじゃない。ましてや求めるものじゃない。自由とは既に手に入れているものだと気付いた瞬間、はじめて人は自由な存在になれる。サルのように手が動きはじめる。魂が勝手に角材を切る。眼を閉じて採寸をする。足で構造をイメージしてみる。腹でカンナをかけてみる。へそが擦れて薄くなる。または思い描くイメージをそのままコンパネにブツけてみる。ヤーッ! そのとおりに切り出すと、あら不思議!基準もクソもない部分にバッチリはまってしまう!なんてこともしょっちゅうさ。へっへ。
気がつくと、次から次へと難題が自然消滅。
ま、明らかな嘘だけど、でもそんな感じだったよ、実際。 そんなにめちゃくちゃ難しい事でもなかったけど、今、同じことやれったって無理だもん。

そんなこんなで、ある程度のユニットバスが入る基礎部分ができた。

さて、あとはあれをどう入れるか…。

それはかなり重い。たぶん数100キロはあると思う。何人かに手伝ってもらったとしても計4人ぐらい?でも最低8人ぐらい居ないと持ち上がらないんじゃないか?上がったとしても…。

数日後、ガーッ! ガリガリガリ! 音に驚いて、外に出ると大家さん。
ユニットバスをフォークリフトに載せたかと思うと、納屋のところに横付け。
でも、そっからどうする?はっきりいって検討がついてない自分。
とりあえず、人手は男は3人しかいない。

「加藤君、呼んできましょうか?」

「なんも、大丈夫だ」

そこからがすさまじかった。大家さんの顔つきが変わった。赤みがさす。
僕は結局、手出しできなかった。足手まといになるのはあきらかだった。
大家さん実質1人で、何百キロもあるであろうユニットバスを、材木数本とテコの原理を使って、無理矢理、納屋の中に入れてしまった。すごいもの見た。ほんとに、すごいもの見させてもらった。
「名人」なんてなまやさしい表現じゃ物足りない。まさにツワモノ。北のツワモノ。
技術力があるっていうよりも、「ど根性大根」級の生命力を感じる。暮らしていく上で、大体のことは自分でなんとかする、できるっていう基本線。逆に言うと、なんとかしちゃわないと、ここは暮らしていけない場所だったと思う、特に昔は。その風潮はまだこの土地に染み付いている。

入ってしまえば、なんとかなり。

排水は適当に土掘って、配管繋げて、ボイラーはOさんに付けてもらい、畑の片隅に壁のない風呂場が出現したのは確か7月の初旬だったと思う。下の写真を見てもらえればわかると思うけど、壁もないところにユニットバスを置いただけだから、そこから出てしまうとそこは普通に畑の中。
そんな状況でも僕は我慢できなくて、壁の完成を待たずシャワーに入り始めた。
これはこれでおもしろい。こんな北の地でタイのゲストハウス気分が味わえる。

シャワーから出ると、そこは畑の真ん中。 

晴天の下、フルチン二毛作。
めちゃくちゃ気持ちいい! 周りに人なんているわけない。
畑の中にすっぱだかで居ると凄い自由な存在になった気がするよ。生まれ変わった気分。そうだ、ここで昔の自分にお別れをしよう!

赤ちょうちん、散乱した5合びんの中、「世の中、俺の落とし所すらぁ作る余裕が無いの?」赤目のトロンとした表情、ろれつの回らない口元、つぶやく俺。 さよーならー!!

井の頭線の中、スニーカーのちょうちょ結び、左の輪と右の輪のバランスがどうしても気になり、何度も直すのだが、今一歩、気に入らない。20分間うつむき直し続けた俺。 さよーならー!!

結局、完成にはそれからさらに三ヶ月かかった。

夏の間はゲストハウスノリのシャワーで充分だったので、あえて完成を急がなかったというのもあるし、納屋の屋根の雨漏りがなかなか直らずに、天井を作ることができなかったというのもある。それはゆっくりと地味に完成していったのだが、既にもうゲストハウスシャワーが限界の9月末になっていた。
なるべくお金をかけない事を前提としていたので、業者に全部頼む選択は1度も思いつかなかったが、もし業者に丸投げした場合、その費用は100万を超えていたかもしれない。それに対して、僕らが払ったお金と言えば、水道の配管代4万4千円だけだ。しかし、ここまで読んでもらえたら分かると思うが、Oさんや大家さんがいなければ、完成はおろか、今も風呂問題は手付かずの状態だったのは間違いない。温泉に通い、僕の枕カバーはひどい有様だったろう。しかし、風呂が出来たことと同じくらいに、そんなたくましい世代、足と地面が、がっちりくっついている人達と知り合えたことがうれしい。

昔から僕は何でも頭でごちょごちょ考えるクセがあって、いいかげんその不毛な考えクセとおさらばしたいと思っていた。いろいろなシステムに不満を持ってみたところで、結局、その枠の中で生かされているという矛盾。青白く脆弱で必然性のない思想は、この周りに居るそんなお父さん達を見たときに、木端微塵に吹き飛ぶ。
だって、自分で漬けた「たくわん」喰ってる隣のおじさんの方が、全然普通にアナーキーなのだから。彼らはこの土地で、一切何も頼らないでも生きていけるバイタリテイと知識を持っているように見える。
ここはそういうお父さん達が暮らす土地。そうでなければ生きらなかった土地。

ムラとよく話すのは、「もしカトキチのところだったら、もっと早くできてたよね」ってこと。でも、彼らと一緒に居れば入るほど、歩みのスピードの違いはしょうがないって気がしてきた。移住最初は正直、ちょっとね…。正直、引け目も感じたこともある。
でも今は、早いとか遅いじゃなくて、僕らのペースで最終的には完成したのだから、これはこれでいいのだと思えるようになった。

完成後、Oさんがわざわざ訪ねてきてくれた。
結局、目星のユニットバスは手に入らなかったという。既に完成した風呂を見て、ビックリしてた。
「ノミを無くした」って言うと、Oさんは自分のノミをくれるという。
道具箱から取り出した、立派な2本のノミ。

「こんな立派なの、もったいないですよ」

「やる、やる」

Oさん、ユニットバスのことを言い出したのに、手配できなくて悪いとおもってるみたい。そんなこと気にしなくていいのに…。Oさんがその気にさせてくれなければ、無理だったもの。でもここはお言葉に甘えてもらおうかな。それにしても凄い立派なノミ。作者名の彫刻とか掘ってありそうなやつ。

「それにしても、このノミ、めちゃくちゃ高そうですねぇ」

「なんもさ、だってこれ、自分で作ったんだもん!」


どっ、どんだけー!! (こういう風に使うんでしょ?まぁ違っててもいいや)







今週読んだ105円本
「無芸大食大睡眠」 阿佐田哲也薯