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ストーブが壊れたかと思う日
玄関から外に出ると目の前に満月がドカンと自分を待ち伏せしている夜がある。
地上のすべてが例外なく雪で白くコーティングされると、とんでもなくシンプルな景色が誕生した。
今、この瞬間、ここにあるのは俺と満月。それだけ。
俺と満月のタイマン。
ムラ、止めるなよ。勝手にしろって?ここには止めるモノすら居ない。真っ白く広大なリングがお膳立てされているだけだ。
よぉ、満月のダンナ!今晩は俺とおまえだけの長い夜になりそうだぜ。
喧嘩はな、とにかく結果にこだわる。どんな汚い手を使っても勝ちは勝ちさ。覚悟しな! まぁでもな.…。
よぉ、ちょっと一息入れてからゆっくり勝負をきめねぇか?
そう、あせりなさんな。俺は逃げも隠れもしねぇぜ。今晩を楽しみたいだけさ。
ここには安酒しかないけど、一杯やるかい?
へぇ、おまえさん、中卒なの。
気にすることはないぜ。
俺のダチにもおまえさんみたいなのが居るが、いまじゃそいつも立派なオヤジだ。
娘の話になると止まらないから、その話が始まったら、プチッと携帯切っちゃうんだけどな。
だけだ、あれだ、あれ。そいつだって、まぁ言ってみれば、今や社長だぞ。
まぁ、俺が言っても説得力ねぇかもしれないけど、今、学歴、関係ないんじゃないの?
真っ白いリングの真ん中で、俺と満月のダンナは向き合い、会話は続いた。
俺は知ってる。みんながきき耳をたてているのを。
明るい。すべてが信じられないくらいに青く明るい。
すべてが白い。俺のグローブもコーナーロープも。俺のトランクスもやつのトランクスも。
満月は周りのものを、自身の光で味方につけ、ぼくとつに自らの過去をしゃべりはじめた。
妹がやっと餌付けしたキツネに酷いことをしてしまったこと。
靴屋のゴミ箱に捨てられた、オヤジから買ってもらったボロスニーカーを、夜中に懸命に探したこと。
森の中でUFOを見たこと。
泥のついた1万円のこと。
ひとつの話が終わる度に、俺はやつに焼酎とお湯をついだ。
こんな夜中なのに、俺にくっきりと影ができる。俺は周りの木々達の夜中にしか見せない顔をその晩はじめて見た。星座の鮮明な意味を知る。この世に闇など存在しない。
ごめん、俺、しょんべんしたくなっちゃった。
立ちションをする俺の影。伸びまくり。天使でもいるのかと思う夜。
そういう晩の翌朝が悪魔のように冷えるというのも、いとおかし。
12月も後半になってもう何回か-30度を下回った。北海道で育った僕の経験から言っても、一番寒いのは1月下旬ぐらいの筈…。
「いやー、坂川くんは最初からずいぶん酷い年に来たもんだもな!」
12月としては、ここに何十年も住んでいる人でもめったに経験のしたことないぐらいの寒さらしい。仏壇の花がしばれている(凍っている)のを初めて見たとか。卵屋さんの鳥小屋の鶏糞を流す溝の流水が40年間で初めてしばれたとか。あのコロが外に出るのを拒否したとか。わし、そういう話が耳に入る度にニヤニヤしちまうんじゃ。
「ふーん、つまり、これがだいたい寒さMAXの冬ね」
そしてついに本当のMAXいただきました! よろこんで! -34.8℃。
その気温を教えてくれた教えてくれたお父さんが、なんかニヤニヤしてた。やっぱりね。笑えますよね。笑うしかない。
さてその世界をどう表現したらよいものであろうか。知りたいでしょ?どれぐらい寒いのか。結論から言うと数字ほどは寒くないかも。そして人間の体というのはすばらしいもので、もう僕たちの体は少しづつ慣れてきている。はずなのだが…。
そんな日はストーブをガン炊きしても室温は20℃弱。正直何かちょっと薄寒い。でも、まぁそんな程度だ、家の中は。家の外?知らない。そういう日は出ないのが基本です。
村のタネちゃんは「年に何回かは「ストーブが壊れたかと思う日」がある!」って言ってた。たぶんそれがそんな日のことなのだろう。気温が下がれば下がるほど、気にならなかった隙間風がいきなり気になりはじめる。何回もカーテンの閉じ具合を調整したり、ドアをギュッと閉め直したりね。今年は間に合わなかったが、来年はもうちょっと考えなければ。
何故かちょっとイラついたりして。「ムラさ、そこの戸、ちゃんと閉めろよ!」
も、さっさと寝よ。湯たんぽを寝る前に布団の中にしかけておけば、潜った途端そこはワイハだ。
アロハ、これから見る夢。
寒さというのは承知の上で来ているわけだし、そういう意味ではビックリするほどのことでもない。キムチ食うときは、あたりまえだけど最初から辛いと思って食うからね。
「それ辛くない?」
「いや、だってキムチですから….」
「そこ寒くない?」
「いや、だって冬ですから…」
むしろ予想外だったのは、極寒が創るビジュアルの方だ。
極寒の平沢はかなりビジュアル系。
枝という枝に産毛のような氷がコーテイングされ、キラキラと輝く。
枝どころか、そんな日の雪はエッジが増しいつもよりキラキラしてみえる。空気中にもキラキラしたものが漂う。
それは凍った空気中の水分なのだそうだ。名前は忘れた。なんとかなんとか。
氷がガラスの表面にキンキンに冷えた模様を創っている。そんな朝の空は淀みなく青い。
白と青。まぶしい。
あー、生きててよかった。いろんな意味で。
どうせだから、その景色を写真に撮ろうと思ったのだが、無理だった。満タンだったバッテリーはこの外気にさらした途端、使い物にならなくなった。
家の中はといえば、めったに凍らないクロちゃんの水が凍っている。
吐き出す息が豪快に白い。家の中でこの白さは初体験。しばしパジャマ姿で遊ぶ、D51(デゴイチ)おじさん。ぽっぽー!ぽっぽー!ぽっぽー!
誰も信じないかもしれないが、東京の真冬の雨の日の方が寒く感じるような気がする。
間違いなく言えることは、この家の中よりも、19歳のときに住んでた立川の下宿の方がよほど寒かった。布団から出られなかったもんな。
東京の友達に「やー、今日は雨の中外で仕事やったんやけど、テレビで北海道の気温見たら、どえらいことになってるやん!それ考えたら、俺のこの寒さなんてへのつっぱりみたいなもんやん!って思って、今日も一日がんばってやったわ!ガハハハ!」って言われたんだけど、間髪いれずに即答した。
「いや、そこの方が絶対に寒く感じると思う」
夏と冬との気温差なんと65℃。数字だけみたら、確かにここはどえらい。
そんな環境でも、外をうろつく野良猫は身ひとつで生きている。天晴。
寒さの程度は判った。しかし僕らはまだまだここの冬の長さを知っていない。
道産子の僕は、寒さも長いとバテてしまうことをしっている。ムラが心配。
村の人は言う。「大体、ここに新しく入った人は3年はもたないもな。
3回目の冬がはじまるときに、「もうあの冬がくるのは耐えられない!」って、冬がはじまるまえに大体逃げていくもな。ま、そんなもんだ」
毎朝、加藤家の下の部屋はマイナスにまで気温が下がっいて、コロの水も毎朝凍ってるらしい。この家の中はマイナスにまでいくことは滅多にない。
あの家の夜はここより温かいのに。やっぱり鋳物の薪ストーブは温度が下がりにくいのかな? ほほほ。やったね。
薪から教えてもらったことがある。
薪っていくら大きく立派でも、1本だけだと全然意味がない。
ぽそぽそって燃えて、ストーブ自体も暖めることすらできずに灰になる。ムダジニ。
ところが、そこに1本、1本って足していくとさ.…、この先を聞いたら涙出るよ。
やつら、お互いがお互いの表面を燃やしあうのよ。
そうなると燃えるわ、燃えるわ。単純に1本×3の火の強さじゃなくなるわけ。
それが一番パフォーマンスの上がる燃やし方なんだ。
僕はね、人間も同じだと思うんだ。
佐波くん、この話、飲み会で女の子騙すのに使っていいよ。
今、モテルんじゃない?ロハスキャラ。麻の服とか着て。
「薪ってさ…」
「佐波さんってギョロ目なわりに素朴な人なんですね。続き聞きたい!」
去年、はじめてこの土地に入った時のことを思い出す。
カトキチらと久々の再会。俺たちとうとう来たよ!
しかしあるひとつの感覚が、沸き上がるいろんな感情を凍結させてしまった。
あれっ.? カトキチなんか臭い。
こっちきて体臭変わった? それとも風呂に入ってないのかな?
驚いたことにアムちゃんも同じ匂いがする。
言えばよかったんだ。友達であればあるほど言わなければならなかったのに。言えなかった。
それから僕は彼らと会う度に、悶々とした。驚いたことにずっと臭い。俺だけの秘密。はやく気づいてくれ!自分の臭さに。言わせないでくれ!臭いって。
結局その匂いなんだったと思う?
ある日、いつものようにストーブで薪を燃やしていた。
そのとき鼻に。
「あっ!カトキチの匂いだ!」
いろんな種類の木を薪として使うのだが、その中に燃やすとカトキチ臭が出る木を発見。これだったのか。
そういえば最近は気にならなくっていた。要するに自分も既に同じ匂いになっているってことだな。あれは加齢臭とかじゃなかったんだ!ほっ。
話しがまたとんで今年の原油高騰。薪を割っている時点では、予想できたはずもない。しかし今になって思えば、こんなご時世、薪を提供してくれるような大家さんと巡り会えたことはものすごくラッキーなことだった。そして感謝している。
実際、薪ストーブがこの冬売れているらしい。
「エネルギーと食物の配給を他者にゆだねるということは、すなわち他者の奴隷になることだ」という極端な考え方がある。要するにそこを握られたら、言いなりになるしかないっていうことだ。どういう事情で今、原油高騰になっているかは詳しくはわからないが、需要と供給の実体からの値ではないことは間違いなく、今回の高騰はその言葉があながち的外れではないことを実感させてくれた。
金儲けをすること自体は悪いとは思わないけど、関係ないところでやって欲しいよな。そのゲームの結果に従わざるえないという事実がなんともくやしいね。
「適度にフリーな奴隷が俺だよ。おまえだってそう」(ゆらゆら帝国)
言い得て妙。レッツダンス。カモン加齢臭。
今週読んだ105円本
「ピーコ伝」ピーコ著
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