ナースがプリンをつくる丘の上で(後)




「じゃ、今日、貫井くんは一日いっぱい、僕たちのことをサラッと見ててくれる? 遅番と早番があって、今日僕は早番、アムちゃんは遅番。一日の仕事のはじめは、まずプリンの発送からはじまるんだ。ちょっとそのレイゾウコ開いてくれる?」

レ、レイゾウコ? 
おっと、知ってる、知ってるぞ。 こう書くんだ、冷蔵庫。
地球人はまだ口から食料を摂取するために、その為の膨大な食材を保冷する装置のことだ。あの馬鹿に大げさな図体のやつだな。笑っちゃうね、このデカさ。
このタイプの装置の開閉の仕方のシュミレーションは何度もしている。さりげなく、その装置を開けたかったのだが、隠したつもりでも「したり顔」になっていたかもな。たぶん少々自慢げに、僕は冷蔵庫を開けた。

「僕、冷蔵庫、今、開けました!」

「おー、そういう確認の仕方、いいかもしれないな。その冷蔵庫は乳製品が一杯入ってるからな。閉めるとき、ちょっとコツいるから注意して」

「わかりまっした!」

「そこに入っているのが、昨日作ったプリンだから、それを今から梱包しまーす。どうぞっ!!」

「了解 船長!」

「では貫井機関長、右舷確認! 右75度 全速前進、ヨーソロー!」

その時、私は見たんだ。
遠くをみつめる坊主頭の頭の中には晴天の大西洋が広がっていた。
放っておいてあげよう。


「ねぇねぇ、貫井くん。 ここアムちゃん達のハイテクルームなんだよ」

さっきのコスチュームから違うコスチュームに変化した奇妙な髪型の女が、シェルターのを2つに仕切る、壁の内側に立っていた。
ハイテクルームの中には、粗末な机の上に粗末なコンピュータが載っていた。

「ハッ、ハイテク? ハ、ハイテクって何すか?」

「ハイテクも知らないの?そーだよ、ハイテクだよ。あれ?ハイテクって言わない?」

「ほんとだ! わぉ! あのハイテクだ!」

もしかして例の電波はここから発信されているのかもしれない。

一方、黒いテーブルの上には、冷蔵庫から出されたクリーム色の丸いプリンが並べられる。
「貫井機関長、ここに入る前に手ちゃんと洗ったよね?じゃ、見ているだけでも何だから、これちょっとやってみる?」

「あ…」

「ちょっと見ててね。これね、結構むずかしいから、たぶん最初はできないと思う」

坊主頭はプリンの上にシートを被せ、それを細いロープでむすび始めた。かなり手馴れていることは、ひとめでわかった。
動作に無駄がない為、逆に作業は簡単に見える。これは無理!絶対無理だな。
それに我々は手が退化しつつあるために、地球人ほど手先が器用ではない。

「あっ、先生!早すぎて、僕、全くわかりませんでっした! 今日はできないとおもぃまっす」

「大丈夫だよ。できるよ。1年経ったらもう楽勝すぎて、競馬新聞に赤ペンでチェックつけながらでもしばれるようになるから。くふふふ。あーでも、やっぱり今日すぐは無理かなぁ。じゃ、これは今度ね。そこのチャッカマン取ってくれる?」

「チ、チャッカ?」

「そう、その目の前にぶら下がっているチャッカマン」

「チャッカマン?」

やばい、まったくわからない。
目の前のテーブルの上には数点の物体が置かれている。この中のどれかなのは間違いないのだが…。

「あっ、チャッカマン。僕、知ってる、知ってる」

私は坊主頭の目を観察しながら、目の前に並べてある物体を、ひとつひとつ取るふりをしながら、様子を探る。まずは金属製の丸い物体にそろりと手を伸ばした。男は全く反応しない。手を行き先をゆっくりとオレンジ色のチューブに何気なく変えた。男がイライラしているのが伝わる。これじゃない!チューブをなにげなくスルーして、下に方向を変え…。

「けーちゃん、もう、ふざけない!」

貫井健介(実は宇宙人)プレイ、ここで終わり。


それにしても、実際にここでの作業をまじまじ見るのは初めてだ。
この小屋もユニークだしプリンもユニークなのだが、それに加えてそれを作る工程や意識までもが、すべてアムちゃんの発明品といった感じ。それはあたかも自分が彼女の作品の中で働いているみたい。大体の物の位置や作業順序は事細かに約束事がある。いかに効率よくプリンを焼くことができるか? いかに衛生的に作業を進めることができるか?すべてにハッキリした理由がある。

「アムちゃん、こういうの考えるの得意なんだ!」

それにしても、梱包、ずいぶん手際よくやるもんだ。
初日はただ見ているだけのつもりだったので、貫井健介プレイをしたり、ipodをポケットに忍ばせ、悠長に構えるつもりでいたのだが、その作業をみつめるうちに、僕の顔はしだいに「鬼のような形相」になっていたのだった。ただ「鬼のような形相」って書きたかっただけのために。

例のプリンの上に被せるロウ紙を麻ひもでしばる作業をやらせてもらうことになった。

全然できない。すんごい難しい!
その間もかろうじて、顔をにやけさせて40歳男の余裕を演出したのだが、その内面は16歳の少年のように傷ついていた…。全然予想もしていなかった。だってかなり2人とも余裕でやってるからさ。

みなさーん!あなたの家に届くプリンの梱包は、ものすごいテクニックが使われていますよー!

か、オレが人並み外れて不器用なだけかも。

ここでの彼等の仕事ぶりは、彼らの私生活と一緒だ。区分けで曖昧なところがない。
でも、それは効率と衛生にかぎってのことで、その他の部分は自由な部分もある。

たとえばその麻ひもだけど、アムちゃんは方結び、カトキチは両結び。違うんだって。
スタンプも各自、自分の良いと思った場所に押しているので微妙に違う。
僕の結んだやつは両結びなんだけど、なんかちょっと結び目が「斜め」になる。
まぁ、でもカッコイイからいいか…。これもスタイル? 「斜め」は今も昔も不良(ワル)のシンボルだからな。ま、言うなればチョイ悪?(古い?) チョイ悪プリン。

でもチョイ悪って言葉、かなりIQ低めの感じがして好きだな。

チョイ悪すずめ

チョイ悪三年生

チョイ悪サワー

チョイ悪地蔵

チョイ悪にやさしい

チョイ悪力也

チョイ悪ってたのしいね!!

実際はそんなにふざけている余裕もなく、その後、僕とムラは二人の無駄のない動きをただ追うだけで精一杯だった。正直、ひとつ不安なのは、アムちゃんがこのプリンに注いでいる愛情や集中力、言葉を変えれば「アムプリンは絶対こうじゃなければダメなんだ!」っていうテンションを受け継ぐことができるのかってこと。

というのも、たとえば旨いラーメン屋とかってどんどん出てくる。
だけど、そのレベルをキープしている所って、結局、店主がずっと作ってるところだと僕は思うんだけど。
2号店とか出しだすと絶対ダメじゃない?
もう、3号店出店とかなっちゃうと、こりゃ別もんだべ?っていう。
4号店出店とかやりだすと、もう大変! それはむしろ「うどん」に近くなる。これほんと。

それに2号店どころか、店主じゃなくて、その一番弟子みたいな人が作ったときでさえ、店主が作ったよりもりもなんか全体的にカチッとしてないって感じること多くない?

こう書くとなんか偉そうだな、俺。

ちょっとした、具の置き方の完成度だったり、麺のゆで加減だったり、微妙にヌルイとかね。
そんで、その微妙な散漫さが集まると、下手な人が書いたマチス像のデッサンみたいなラーメンになっちゃうんだな(えっ?これがうわさのアート系辛口?)。
たぶん、その弟子もかなり気をつけて同じように作ってると思うんだ。
でも、不思議と店主以外がつくると、やっぱりどこか散漫になっちゃうんだね、アレ。
そのラーメンはその店の店主の発明なことが多いわけで、店主の持つその発明品に対する思いとか、こだわり、集中力が第三者ではなかなか再現できないってことなんだと思うんだけど。だから、一番重要なのはレシピとかじゃないと思うんだ。

こう書くとまたもやなんか偉そうだな、俺。

つまり、絶対に自分達がそうならないようにしなくちゃね!ってことなんです。ハイ。
味が落ちたって言われないどころか、新しい人が入ってもっとおいしくなったね!って言われるくらい、丁寧に「これでもかっ!」ってくらいかき混ぜます。なんでもプリンってかき混ぜすぎってないらしいので…。地球の自転が狂っちゃったらごめんなさい。

そういえば話変わるけど、知人で「パン屋をやりたい!」って言うから、てっきりパンが好きで好きでたまらないものだと思ったら、

「いやー、パンは別に好きじゃないんですけど、こだわりはあるんです」

かなり意味不明なこと言ってた奴いたな。あいつ元気かな。
あいつも、下手な人が書いたマチス像のデッサンみたいなパンつくるんだろーな。(えっ?これがうわさのアート系辛口?)


そんなプリン修行の始まりのすぐあとの、僕の誕生日もほど近い、北の真夏の午後7時30分。
「北海道移住記念祭」というのをカトキチとバム平が僕たちのためにやってくれた。
4月にやる予定が延び延びになっていたものだ。
わざわざ、お寿司を頼んでいてくれたのには驚いた。たこの頭って素朴で旨い!
そして、食後に彼らがショーをやってくれるんだと!

2人と1匹はその準備の為に奥の部屋に引っ込んでいった。
しばらく僕とムラは2人でまだ暗くなりきらず、青くなった部屋の中で、たこの頭の余韻を楽しんでいた。

その祭りは主催者であるバム平のいきなりの開会宣言でスタート。

いきなりカトキチのギャグラッシュがはじまる。休まない。休めない。
もう、あっちもこっちもノーガード。捨て身。このまんまで12Rまで持つのか。
バチバチの当たりあい。ジャブとか一切打たない。彼らはノックダウンだけが欲しいらしい。そういえばカトキチは昔から呑むと、おちょこから酒をこぼしながら、いつもこう言っていたもんな…。

「オレの人生、判定にもちこみそうになったら、俺、出てくから…」

なんか微妙に意味がわからなかったけど、わかったぜ、カトキチ! 今夜、見届けてやる!
もーね。彼らは凄いね。うーん。なんだろ。芸自体はかなり中途半端なんだけどね。 たとえば


リーダーのオリジナルラブ

リーダーのハワイおどり

リーダーのたいやきくん

みかわけんいち


もう全然ゆるすぎて、ひねってない感じがすんごい部族チックなの。
だけどね、凄いベタな表現でイヤなんだけど、今までの人生でやってもらった催しの中で一番「温かい」ものを感じました。つまりね、おじさん、はっきり言うと感動しちゃった!
実はこの冬か近い将来、ここでの生活の記録を編集しようと思っていて、映像を撮りだめている。当然この祭りの模様も撮影していた。
そして「こりゃ、いいものが撮れた。出だしは「リーダーのオペラ」で決まりだな…」なんてほくそえんでいたのだが…。
なんとその後、その記録を手違いで消してしまっていた!
でも消された方が胸の中で余計に育つってこともあるからな。逆に記録が残らない方がよかったのかも。そういう種類の出来事だったのかも。

完全にノックダウンされたことを認めよう。
涙出てたもん。最終的には4人で一緒に踊ってたもんな。こう唄いながら

「おしりの下から、こんにちはー」 「おしりの下から、こんにちはー」」

マジで四足で歩き出す日も近いね。収監前夜祭。

笑いながらも、僕はひっそりと自問自答していた。

自分は誰か人のために、ここまで真剣になれたことが、今まの人生の中で一度でもあっただろうか?
ただただ、誰かに理屈ぬき喜んでもらうために、自分をここまでさらけだしたことがあっただろうか?

カトキチの大ざっぱで勢いだけの田島貴男のものまねを見て、僕はそんなことを感じていた。そして目の前のふたりにそれを問われている感じがした。
問うてるつもりなど、彼らにあるはずもないのだが…。






※次々週は作者取材のため、お休みとさせていただきます。

※11/25にカトキチらの「ロボ宙& DAU」は江ノ島のオッパーラというところでライブをします。その時、小声でリクエストしてみよう。

「オリジナルラブやってー」






今週読んだ105円本
「地雷を踏んだらサヨウナラ」一ノ瀬泰造著