東京チェリークルーズ





やきとり屋のオヤジさんがカウンターの中で、僕にしか見えないように「やれやれ…」というような感じで舌を出し、宝焼酎をこくりと呑んだ。
客は僕の他には若者3人しか居ない。この店がこんなに空いているのを初めて見た。
札幌地下鉄沿線のやきとり屋。
たぶん「店の中に屋台がある」という設定をイメージして作られたカウンター。その最初の華々しくもバカバカしいコンセプトは、30年間煙で燻され、意図していた部分と意図してない部分が合わさり、全く訳のわからないものになっている。そしてそんなことは、今や誰も気にしてない感じがとてもいい。

真ん中の青年はオレンジ色の糸で工務店の名前が胸に刺繍された作業着。
仕事帰りであることには間違いないだろうが、まだ夕方なのに相当酔ってる。勢いのある感じ。両脇の二人も相当いい塩梅。馬鹿でかい声で昔の喧嘩話や憶えたてのゴルフの話。
いいよ、いいよ。おじさん許しちゃう。一番おもしろい頃だったもん、自分も。
おじさんの頃はね、なんだかカクテルとか飲んじゃってね。ハートカクテル。君らから比べると全然青臭いよね。
ソルティドックのグラスのふちに付けている塩を見て「このグラス、キチンと洗ってる?」と、すまし顔でバーテンに返してたJくんは、今元気にしているのだろうか?

おっと、俺のやきとりがあがってきましたよ。ひとつだけ頼みがあります。どうか君達、この至福の時間に土禁車で入ってこないでね。それだけは勘弁。

「そういえば、なんとか君、あの喧嘩で人殺したんでしょ?」

きょえーっ!! 会話の内容強すぎ。
なるべく聞かないようにしていたのだが、流石に体のどっかがツーンとしたぜ。
店のオヤジさんもダメだこりゃ状態になったのか、申し訳ないと思ったのか、頼んでもいないビールの栓を抜いて、僕のグラスに勝手に注ぎはじめた。

「暇だから。いいの、いいの。今日は特別だよ!」

僕は子供の頃から、父親が馴染みだったこの店に、ちょくちょく連れられてきていた。
妹に至っては多感な頃、バスの中からこの店の横で立ちションしている酔っぱらいを友達と発見。車内騒然。きゃーっ!!
「それが自分の父だと分かったときの情けなさ、分かる?」と泣きちらしながら帰ってきたこともあったっけ。今となってはすべてが微笑ましい。
そんな由緒あるお店だもの。実家に帰ると、ほとんど必ず行っている。だけど、一人で行くときは誰かと話すってことはまずない。
長くやっている間にお湯が柔らかくなっているそのお店。そこにいろいろな人生を旅している人達が、ぽっちゃん、ぽっちゃんとつかりに来ているわけですよ。
たまらんね。一緒にただただつかる。それだけで充分。
ということで、店のオヤジさん(というにはあまりにも若々しいのだが)とは今まで積極的に話したことはなかった。しかし僕が今富良野に住んでいることを知っている。というのも、北海道戻ってきて早々、親とここに来た際、いつものようにああだこうだ始まりまして。いつものようにというのは、親子で酒を呑むと、大体、ああだこうだになってしまうのが我が家の常なのです。
そのときの大討論会を、にこにこしながらオヤジさんはカウンターの中で聞いていたのだ。

「ところで、どう?おにいちゃん。 富良野は?」

場の雰囲気を変えようと、あえて明るい顔で僕に話しかけてきた。
自分のことより、こっちの方がいろいろ聞きたかったのだが…。
しょうがなく話題は、畑のおもしろさや、おがくずストーブ、昔はもっと寒かった話、地下鉄が通った頃はここらは何もなかった話、来週に行く東京のムラの実家の話、そして話はいつの間にか、継ぐのをブッチしてこっちに来たこと、最終的には、ムラの父と酒を酌み交わすであろう最初の晩にかなりビビってるってことまでスルスルと話してしまった。

「だけど、お兄ちゃん、俺からするとだよ、そんな恵まれた話なんてそうそう誰でもあるわけじゃないんだからさ、うらやましいよ」

「お兄ちゃんは頑固だわ、相当頑固!」

「えー頑固ですかねぇ?長い目でみたら誰も幸せにならない気がしただけなんですけど」

「それは、やってみなきゃ、わからない。そんなありがたい話があるのなら、ありがたく頂いて、がんばって働いてさ、お嫁さんを安心させてあげてるのが男ってもんじゃないの?」

「そりゃ、そうなんですよ。そういう感じが素晴らしいのはわかってるんですよ。んー頑固なのかなぁ?じゃーですよ、先生(オヤジさん)、この店で相当の客を見て来ていると思いますけど、僕の頑固レベルは10の内のどれくらいですか?」

この答えには非常に興味がある。これは単なる他人の評価じゃない。この店でウン十年、何千人?いやそれ以上?の人間の本音を、カウンターの中から観察してきた男の下す評価である。これは認めざるえない。うん。

「うーん、八、いや九くらい?」

「きっ!九!? そんなに?マジで? そんなに頑固っすか?僕!」



モノレールから見る景色が好きだ。茶色とかオレンジとかひび割れたコンクリとか。
帰省して東京に戻ってきるときにいつも通る景色。あれだけ北海道がなごりおしかったのに、この景色の上を通るだけでスイッチがバッチン!と入り、広い空も、乾いた空気も、蟹も、イカも、タコも、ジンギスカンも、すでに過去のものとしてバイバイキン処理されるのだ。

中央線はまったくいつもの中央線だった。まるで昨日まで乗っていたかのように、車窓から見える景色も人の多さもまったく違和感が無い。
スーツ姿の人がおしなべて生気がなく無表情に見える。あくまでも僕の主観だけれど。
ただ新宿西口のビル群、あらためて見ると、アレかなり目立つねぇ。ちょっと感動した。なんか虫っぽいなぁと思って。虫が馬鹿でかい巣を作るのが本能なように、ああいうものを建てたがるのも本能なのかもね。都庁も石原もUGLYすぎて大嫌いだったけれど、ま、そういうことなら許してやる。虫ならしょうがない。

駅まで迎えにきてくれたムラの父親の白い高級車は、ロータリーにするすると滑らかに入ってきた。都会はすべてがピカピカでスムース。ピカスム(略さなくていいって)
ドアを開けるとムラの父親。緊張。

「どっ、どうも、お久しぶりです」

THE 無言空間 now on sale

ま、ま、ま、ま。いつもこんな感じなんです。ムラの父上は。気にしない、気にしない。
ムラは察したのか、察してないのか、飼っている犬の話題を父上に振った。それにしても、1年半前とずいぶん印象が違って感じる。失礼だけど、ムラの父親ってこんなにピカスムな人だったっけ?(実際に使うなって)いやいや、けしてハゲているわけではないのですが、つまり、とてもソフィスケートされた人に見えるわけです。セーターとか着ちゃってさ。
会話の外の僕は窓の外の景色を追うのみ。道の狭さにびっくり。その中を父上は信じられないスピードで走り抜けて行く。怖い。陽はとうに暮れているというのにまだまだ慌ただしい。平沢なら既に静寂と闇しかない時間なのに。さぁーて。

覚悟はできてるぜ。バッチコイよー。

結果から書いちゃうと、別にどうってことなかった。俺、おびえすぎてた。うん。
ムラの丸々とした顔を見て、あまり酷いことになってなさそうだと思ってくれたんだと思う。事前にケーキを食べさせておいてよかった。まー、いろいろ聞かれましたし、なんか、ちょこっと言われたような気もしますが、基本的には元気で暮らしていれば問題ないというスタンスを貫いてくれました。
全然酔えなかった僕は、お父さんが2階に上がった後、ホッとしてビールをガバ呑みした。
ミッションコンプリートでごわす。

翌朝、美容室に行くムラと別れて、夜の用事までプラプラと。まずは毎度おなじみ井の頭公園へ。山場を越えた頑固者は開放感で溢れていた。天気もいい。
こんな日は、いせや(やきとり屋)に参拝しなければ、バチが当たってしまう。
俺、白状すると、この為に来た。
ところが、2店舗のどっちも休み。参ったな。まー、明日ロボ宙とくるからいいや。(一体、何回来ようとしてたの?)しょうがないから、ひとり井の頭公園でビールを飲んだ。ほっこりしたお昼前。人の表情も穏やかだ。乳母車を押した若いお母さん、劇団風の貧乏3人組が、僕の横でビール片手に芝居の反省をしてる。
いいね、東京。
東京ってどんな人間でも包み隠してくれるような、懐の深くてやさしいところが好き。「何でもさ、ちんまり考えすぎると見えなくなることってあるよ」と心の中で偉そうにつぶやき、公園を後にする。それにしても全然潰れないねぇ、時間。

そうだ新宿に行こう!ほとんど東京も抜けてきてるし、今、ああいう所に行くと、ちょっとチェリーなことになるのかな?なんて期待して。「ふっひょー!!ここがあのアルタ!ねぇねぇ、ここにタモリが住んでるんでしょ?」的な。

ところが、新宿に着くと、全く、まるで昨日来たかのような、やっぱりいつもの新宿だった。腑に落ちない僕は、伊勢丹の方までずんずん歩いた。俺のチェリーは間違いなくここにある!

だが「わーっ、ここが「セーラー服と機関銃」で薬師丸ひろ子のスカートがめくりあがったとこでしょ? ババババン! ババババン! ババババン!」なんてことになるはずもなく、やっぱりいつもの地下鉄入り口だったのだ。ちぇっ、ここにも無かったよ…。

行きたいところもないので、やけくそで井の頭線往復。我ながら意味がわからない。20年居たけど、ただただ時間を潰す為に電車に乗ったのは、後にも先にも初めてだ。
でも昼間の電車はいいんだよね。キオスクでボンタン飴買って2つずつまとめ食い。ここは急行には乗らないであえて普通で。お昼の車内は平和な感じ。そこに車掌の淡々とした口調で人身事故を知らせるアナウンス。そのすさまじいコントラスト。結局、その日は3回もそのアナウンスを聞いた。こういうのってこんな頻繁だったっけ?人がポンポン飛び込む街。慣れてしまうのも何か違う、というか普通じゃない。しかし、いちいち想像していても…。
ここでは少々感度を下げないと元気に暮らせないかも。

結局、暇を持て余したのはその日だけで、あっというまに滞在期間は過ぎてしまった。ある夜は友達が集まってくれたり、ある夜はライブを見たり。
「上杉」のおじさんとおばさんの所にも顔を出せたし、聖地「いせや」にも2回行けた。焼き担当のゴーグルおじさんにそっと手を合わす。裏ミッションコンプリートでごわす。
そういえば、友達に車で超お上りさんみたいな所を廻ってもらったんだ。何かキラキラしたものが見たいというか、無性にうわっちゃけたくて。
表参道ヒルズとか青山から皇居をぐるっとして、六本木、これまた初対面の東京ミッドタウンから東京タワーまで。予想通り何の感動もなかったけれど、そのバカバカしさにつき合ってくれる友達が自分には居るってことに胸キュン。そうさ、探しても無駄だったのさ。俺のチェリーは自分の心の中にあったのさ!ごっくん!なんてな。

行く前は「たった4日間」なんて考えていたのだが、いざ滞在してみると、4日間で充分だった。おもしろかったし、さて帰ろうかね?

久しぶりの東京、暮らしてた時には感じ得なかった、社会全体の滑稽さのようなものも感じてしまったのが本音なんだけれど、それをいちいちここに書くのは反則というかダサいからやめとく。



森の中を出て、視界がバーンと広がり、いつもの平沢に出たとき、自分が予想しなかったぐらいキラキラと喜んでいるのに驚く。今は静寂に寂しさを感じるどころか、愛おしい。
帰って早々、じゃがいもやタマネギ、大根などを土に埋める。春までこのまま埋めておくことによって、来年もしばらく食材には不自由しない。
エシャレットとにんにくも初めて植えてみた。俺も知らなかったんだけど、秋に植えるんだと!どっちも大好きなので春が楽しみだ。ただエシャレットを食べた翌日は妙にテンションが下がる気がする。誰か理由を知ってます?

10月22日 麓郷から戻る途中、車をスダッドレスに変えている人を見かけた。あー、また、あのおじさんだよ!
昨年もあのおじさんは、ここらじゃ誰よりも先に変えてた。それを見て慌てて僕もタイヤを変えたのだ。

ところが結局雪が降ったのは、おじさんがスタッドレスに変えてから3週間も後のことだった。        

今、おじさんが変えているってことは…。

つまり、今年の初雪はまだまだ先だってことだ。

ごっくん。





今週読んだ105円本
「札幌刑務所4泊5日体験記」東直巳著

※ところが今年はおじさんが正解。その直後にのっこり降りました。
※ハートカクテルって聞くと今でも寒気がする。

※今年の野菜の出来は全体的にあんまり良くなかったです。やっぱり最終的には肥料の量なのかなぁ? 充分美味いからいいんだけれど。来年は自家製のものを売ることも考えてるからな。人参、大豆あたり。
※カツラのおばさんは居なかったです。ごっくん(C)タケシ。
※富良野と東京で圧倒的に違うのは中高生だと思った。単に外見の話じゃなくて。

※次回更新は2月下旬か3月頭です。