さよならSUNDAY




荷物の搬入も無事終わり、数日間カトキチ宅にお世話になりながら、とりあえず程度の借家の掃除、修繕を行った。とはいっても、何処から手をつけてよいのか全くわからずに、実質的には、俺、やっているフリ。
前の住民の方が残していった物などから、その生活を想像するゲームをする。
ちよっとエッチなジグソーパズル、ラジコン、調味料。全然ダメ、俺。
でも今は俺のダメ部分を思いっきり発掘して、そしてそれをひとつひとつ取り出してこの地に埋めてやる…NAN-CHAT-TE

まず一番に優先してやらなければならないのは、2人が寝られる部屋を確保する事。
幸いにして1階の和室の畳の痛みは少なく、掃除するだけで使えそうだ。
掃除はカトキチ(1年前からこの地に移住している、僕の学生時代からの友達)やバム平(カトキチの妻)も手伝ってくれた。それにしても先に移住したカトキチらは、昨年に会った時よりも、より力強く、よりフラットになっている。うーん、表現が難しいな。つまり、もっともっと潔い感じになっててビックリした。
彼らの生活には曖昧という言葉がない。
つじつまの合わない事がない。
やらなければならない事は必ずやるし、やらなくてもよい事は徹底的にやらない。
何事もとにかく2人でよく話し合い、YESなのか?NOなのか?または保留なのか?きっちりと分ける。その切り口の断面は、なまら綺麗だ。

あと、ここだけの話し、カップラーメンの事を「カップラ」と呼ぶようになってしまっていて、これには少々ド肝を抜かれた。


別に僕たちが彼らと同じになる必要も無いのだけれど、あそこまで不必要な物を削ぎ落とし、それによって先に見る物をより明確にする事ができるのだろうか?

ねぇママ、一体最後には何を残せば、人は幸せになれるの?

軽く寝場所を確保した時点で、ムラと温泉に行く事にした。つまり軽い現実逃避。
いいです!北海道の温泉。窓の外には普通にありえない景色。富良野岳。
こういう景色が普通にある中で暮らすと、人ってどんな風に変わっていくのだろう?

若干、背が伸びるとかね…。

お皿をペロペロなめるようになるとか…。

異様になで肩になるとかね…。

虫を見る時、異常なくらいにやさしい目で見るようになるとかね…。

しつこいね…。

入浴後、温泉に置いてあったスポーツ新聞を貪り読む。何か頭が猥雑な物を渇望している。
へー、この4日間世の中こんな風になっていたのか…。

飯島 愛 引退すんの? へー。

などなど…。見なきゃ良かった。でも見たい、だって人間だもの。
この土地にきてから感じる妙な淋しさ。インターネット、テレビ、新聞、車内吊り、電飾、チラシ、ポスター、等など、情報や刺激の中に浸かっていた東京の生活。たぶん身体はこの場所にあっても、頭のチャンネルがまだそこに合わさったままなのだ。
そういえば、昨年に訪れた時も、頭が静まるまでに時間がかかったのを思い出した。
でもこれは時間の問題。だからそれまで、もうちょっとだけ読ませてください。

えーっ!また日ハム負けたのかよ!

そういえば、インターネットのデジタル回線がどうやらこの家には来ないらしい。
事前の読みが甘かったのは自分のせいなのだけれども、インターネットが繋がらないとは予想もしていなかったし、だいぶ計画を変えなくては。
発信する事ができないと、ここに来た意味も半減してしまう。
大げさに言えば、発信と人生は僕の中では同じ意味を持つ。
だから今はいろいろ皆で知恵を出し合ってる。
なんでも、利用者の数が規定以上集まらない地域には、これ以上通信整備に投資できないんだと!
そりゃビジネス的には超正論なんだけど、インターネット整備ってそういう枠で全部決めてしまって良いのでしょうか?佐波くん。
それは「インターネット自体の革新性って何?」って考えた時に、真逆の方向に行っちゃってる気がするんだけど…、ねぇ?佐波くん。
あの人達に言ってやってください。僕も影ながら応援します。

その晩、はじめて自分の借家で寝てみる事にする。
窓という窓がキチッとしまらない。ドアというドアがキチッとしまらない。
そりゃしょうがない。すべて覚悟の上だ。
しかし湧き上がる割り切れない感情を抑えるのが難しい。

「俺、もしかして、やっちゃった?」

それは絶対にムラの前では口にできない言葉であるのだが、その晩の隙間風の切れ味は、ここ何ヶ月間のいろいろな雑務で少々スタミナ不足の状態の僕をくじく。
またインターネットが繋がらない可能性があるという現実も、僕の精神状態にかなり影響を及ぼした。

不安と希望と淋しさと責任感と恐怖と強がりと計算と譲れる所、絶対譲れない所。
その合間に現れる、東京の友の顔。
頭の中が、どれかの目で留まることがない。

半分、開き直り。

あぁ母なる隙間よ、朝になれば、あなたは我に暖かい朝日を運んでくれるのでしょう!
ならば、今は我にもっと寒風を!身を切り裂くような寒風を!
寒風のみが朝日のありがたさを教えてくれるのだから。

などと詩を詠い…実際はそんな余裕もなく、泣きそうな顔で隙間をガムテで塞ぎまくる。

寝る一部屋を完全に仕切り、一酸化炭素中毒死にケアしながらストーブを炊きまくると、まぁまぁ暖かい。
とりあえず、この家ではじめて寝てみよう。母なる隙間に見守られながら…。

そんな感じの借家での初めての夜であっのだが、あっさりと滅茶苦茶スムーズな寝つき。
寝つきには昔から自信がある。
寝る前に読む本の2行目から3行目に移るのに3ヶ月かかった事もある。
このまま朝まで快眠列島縦断の旅となる予定が、夜中の2時前にいきなり腹が痛くなる。
これは少々厄介な展開になってしまった。
何故って、便所は修理、掃除するまでは使わないって決めたのだ。
それにしても、わざわざなんで今晩痛くなるかね?
絶望的な面倒くささ。外はたぶん氷点下。
選択枠は残っていない。まるで漫画の様な展開。
信じたくは無いが、これが現実だと受け止め、
パジャマひとつで「エイヤッ」(←実際は言ってない)と外に出た。

いざ、用を足す場所を探すとなると、結構迷うね、アレ。
何処でもいいんだけど、しっくりくる場所じゃないとイヤッ!みたいな。
夜中にうんこをする場所を求めてうろうろしているという馬鹿馬鹿しさに気付き、もうその場で、俺、一気に用を足してやったった。

ダッフンダッ!

用が済んで、しばしケツを出しながら放心。ケツがかなり冷たいが、なんか気持ち良い。
落ち着いたところで、頭を上げて驚いた。
空には満点の星…というより、まさにココ、銀河の中。
その真ん中でケツを出してしゃがんでいる俺。
軽く赤塚不二夫先生の世界。
なんか、沸々と感情が沸いてきた。

「俺、やっぱ、これから、すんげー所に住むんだな!!ホッホーイ!!」

その後、熟睡。
頭も逃避行したいのだろう。その晩はめちゃくちゃ楽しい夢を見た。ズバリ、モテまくりの夢だった。

モテまくっている瞬間にカトキチからのTELで起こされる。昨日は少々冷え込んだみたいで、心配してくれたみたいだ。そして「外を見てみて!」という。
彼の言う通りに、簡易カーテンをめくると、驚いた事に外は一面真っ白…。

季節外れのその雪は、新参者の歓迎にしては少々派手めな量であった。